※本編26話読後の方が楽しめると思います。
カルロがフェノンと初めて会ったのは九つの時だった。
親に連れられて訪ねた公爵家で、同い年の子がいるから遊んでおいてと庭に放たれた。馬車に長時間揺られたせいかその時の俺は不機嫌であまり乗り気でなかったのだが、今は剣の訓練をしているよ、の一言に目の色を変えた。その頃から剣術では頭角を表し始めていた俺は『よしそれなら俺が剣を教えてやらんでもない』という不遜きわまる思考で訓練場へ向かったのだ。多分失礼のないように、とかも言われたのだろうが走り始めて即忘れた。
そうして向かった公爵家の練習場で、フェノンを見たのだ。
その時のフェノンは木剣を片手に一人立っていた。凛と伸びた背筋、その手に構えた木剣の先はほとんど揺れることなく宙で静止している。
思わず息を殺した。
フェノンの足が一歩出る。それは基本の型ではあったが、動作は流れるようだった。
(すっげぇ……)
どれほど練習したのだろうか。型と型の間に違和感がない。その流麗な動きを、自分と同じ年頃の少年が繰り出しているという事実に感動した。
「おいお前!」
感動して、その感情のままに駆け寄った。今考えても当時の生意気盛りでガキだった俺は、公爵家の息子に対する礼儀というものを知らなかったのだが、フェノンも無礼というものを知らなかったからお互い様だろう。いや、知っていたけど単に興味がなかっただけかもしれない。
「──何?」
振り向いた少年の緋色の瞳は淡白だった。子供にしてはどこか大人びた態度は、ともすれば同世代には敬遠されるものだろう。だけど当時の俺は見事に馬鹿で単純だった。
(カッケェ……!)
型の美しさも相まって、フェノンの持つ孤高の雰囲気が群れない一匹狼の騎士像とかそういうのに見えたのだ。今のフェノンに言うと確実に嫌な顔をする。間違いない。
そしてクソガキだった俺はついでにこう思った。
こういう一匹狼に必要なのは無二の親友だ、と。
つまり、THE・俺である。
「俺、カルロス! カルロでいいぜ!」
決まった、と思った。フレンドリー且つ上下を感じさせない完璧な挨拶だった。それ以前にお前が下だ、って感じなのだが本当に馬鹿だったので許してほしい。
「……」
当然ながらフェノンにはすごい冷めた目で見られた。
(あれ、おかしいな?)
と当時の俺は思った。セオリーでは熱い友情が芽生えるはずだ。だがどうして目の前の少年は虫けらでも見るような目で俺を見ているのだろう。そこでハッと気付く。
(そうか! 勝負だ!)
熱い友情にはバトルが付きものなのだ。
交差する剣、交わる熱い視線。互いの持てる力を尽くした先に生まれる無二の友情。
(これだ──!)
「お前、俺と勝負しようぜ!」
「……」
またしても無言。こっちを見る目の色の温度が先ほどよりも冷ややかになっている気がする。そうして目の前の少年は呆れたようにため息をつくと、さっさと俺に背を向けて歩き出した。完全なるシカトである。
「ちょっと待てよ! おま……うわっ!」
と、突然目の前に木剣が放り投げられて慌ててキャッチする。
「一本」
「え?」
「初撃決着、一撃入った方が負け。それでいいか?」
「お……、おう! もちろん!」
どうやら勝負してくれるらしい。先ほどの無視を忘れて大いに気持ちが沸き立った。
そうそう、こういうのを求めていたのだ。
剣を構える。これでも剣の先生にはいつも褒めてもらっている。並の相手ならカルロは引けを取らない。ここからは簡単だ。幾度も剣を交わし合い、夕べになっても勝負はつかぬ。使用人が探しにきた時には、二人の少年は地べたに座り込んで笑い合って、いつしか二人の間には友情が……と言うわけである。
「いくぞ!」
先手必勝とばかりに地面を蹴る。上段から振り下ろした剣がフェノンの受けた剣と交差する。ここまで想定通りだ。だが──。
「へ?」
次の瞬間、手の木剣が急に軽くなった。バランスを崩す。何とか転ばずに踏みとどまったのは根性だった。気づいた時には目の前にはフェノンの剣先があった。といっても触れる一歩前、頭上から振り下ろされたそれはピタリとカルロの額の前で静止している。
コツン、と軽く音を立てて剣先がカルロの額を叩いた。
「はい、終わり」
あまりに呆気なかった。もう用はないとばかりに踵を返したフェノンを「待てよ!」と慌てて呼び止める。
「何?」
「いや、お前……手抜いただろ⁉︎」
憧れとか孤高の騎士像(?)とかなんかそう言うアレコレは一息で頭から吹っ飛んでいた。だって最後の赤子を叩くような一撃は普通にムカつくし侮辱だ。これでもこっちは真剣に勝負を挑んだのに。
だがフェノンは今度こそ意味がわからないというように眉をひそめる。
「抜いてない。思ってたよりそっちの一撃が重かったから、力勝負は出来ないと思っただけだ」
「え……」
「だからすぐに終わらせた」
呆気に取られる。確かにフェノンの背はカルロより低いし小柄だ。つまり力勝負では不利だと思ったから、すぐに決めにかかったのだろう。それでも納得はしきれずに食い下がる。
「お、俺はバチバチに撃ち合いたいんだけど⁉︎」
「それだと俺が不利だろ。剣も傷むし体力も持っていかれる。防御する暇があったら一撃で仕留める方が手っ取り早いよ」
淡々とフェノンが口にする。
驚いた。雰囲気からもっと手堅かったり、相手の隙を狙うタイプかと思っていた。
「はは……」
乾いた笑いが漏れる。
(意外と好戦的だ、コイツ)
先ほどまでの印象が綺麗に拭い取られる。想定していた友情劇はすっとんだ。だけど普通に好きだ、コイツの性格。
なぁ、と今度は笑って声をかける。
「また稽古しようぜ」
パチリとフェノンが目を丸くする。その頬が初めてかすかに緩んだ。
「いいよ」
